2007年11月14日

Prefectural ***

地方自治法施行 60 周年記念貨幣について (独立行政法人造幣局プレスリリース,2007 年 11 月 14 日)


明らかにアメリカの stater quarters のまねっこだが・・・今までの日本に無い面白いプログラムなので期待しよう.
stater quarters はアメリカに住んでる時に真面目に集めてたので気になる・・・.


これの場合は,記念硬貨ってことで大事に机の中にしまわれるよりは stater quarters みたいにじゃらじゃら普通に流通するのがいいなぁ.
今の 100 円硬貨を製造中止にして,記念シリーズを 3 ヶ月ごとに 100 円硬貨でリリースするとか.500 円硬貨は偽造の心配もあるし新硬貨を出したばかりだから無用な混乱を招く可能性もあるかと.


100 円がいいなと思うのは収集家だけが喜ぶものを造るのは他でもできると考えているから.
せっかくの面白い取り組みなので,もっと日常的に見かけることが出来る量を,特に子供がお釣りの小銭の中から見つけて喜ぶようじゃないといけない気がする.
子供が興味を持つものを造る・・・堅い言い方をすれば,それがきっかけで地理に興味を持ったりとか,地元の良さを考えたりとか,お金の流通を勉強するきっかけになったりとかなるといいなということ.
posted by yopsuke at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記帖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ぱーそーこーんー

自分のパーソナルコンピュータの使用歴を思い出してみる。
ほとんどの時期で複数台所有してた。


NEC PC-9801 VX (1991-1997 年)
初 PC。家族共用。とは言っても父と自分しか使わないが。
ランチャーが無いと全然使えなかった初心者な時代じゃったのう。
ディレクトリがどこか分からなくなって再起動とかしてた。
SimCity とか中心に遊んでた。


NEC PC-9821 Cx (1993 年-)
1993 年に父が購入。
1996 年に父が Cx13 を追加購入したのでお下がりが自分の物になる。
「真っ当にパソコンの使い方を覚えよう」と思って 98 ランチを速攻削除、MS-DOS --> Windows 3.1 --> Windows 95 と一月毎にアップグレードしながら勉強したモデル。
パソコンのイロハを覚えて、Windows アプリケーションをゴリゴリ開発して web に公開してたのもこのマシン。(1997 年頃)
2004 年位に CD ドライブを喚装。音楽を聴けるようになったがフタが閉まらんようになった。
現役稼働中。


NEC PC-9801 NX/C (1996-2000 年頃)
初のノートパソコン。電池はフル充電で 5 秒間。でも Windows 3.1 がサクサク動く高性能なやつ。
実は 3 台を分解して、筐体、基板と液晶、電池を 1 個にまとめて作った PC。
Turbo C でプログラミングしたりマインスイーパで遊んだりしてた。
なかなか気に入っていたのだが HDD が壊れて廃棄。


自作機 (第 1 期: 1999-2003 年、第 2 期: 2003-2006 年)
当時流行っていた自作 PC を作製。AMD K6-2 400 MHz を載せたミドルタワー。PC-98 と NEC にさようなら。
何でも 自分でどうにかしていた、パソコンをいじるに当たって一番楽しかった時代。
2003 年にマザボ周りだけ換えてリフレッシュ。
が、次第にいじる時間もなくなり使い回していたパーツも徐々に動かなくなり、気楽な Mac mini へ移行開始。
その後マザボ由来の致命的な故障で復帰できず廃棄。


Fujitsu FMV-BIBLO LOOX 5T/53 (2000-2004 年)
初のメーカー品を新品で購入。
高専と大学の卒論に活躍。国内学会、メキシコ出張にも重宝した。
仕事の道具としても活躍したが、DVD 鑑賞や MP3 プレーヤとしても良く使った。
LOOX の最大のエベントはあの不安定きわまりない Windows Me をどうにかすることである・・・Windows 2000 に換えることで安定性と軽さを両立させた。
今は実家でサーバか何かになっているらしい。現役稼働中。


Panasonic Let's note R3 (2004 年-)
もう使いまくり。
安定感抜群。最近バッテリが弱ってきたので買い替えるかどうか。(もちろん本体ではなくバッテリを)
少し古いだけで実用性は十分なのでまだまだ使う。
SSD 搭載ノートに手が届くようになる頃にはきっとやれてきて・・・2010 年位には買い替えできそう?


Mac mini M9687J/B (2005 年-)
Intel プロセッサの Mac だけになってしまうと言う噂を聞いたので記念に最後の G4 Mac として購入。
小さくて静かで安定していて文句なし。楽な PC ですな。
「デスクトップPCは消耗品なので 3 年で買い替え、前のは捨てる」という時代に入っていると僕は考えているので、来年 12 月には新しいモデルを買うが、記念品なのでとりあえず残す予定。







2007年11月11日

今後の目標

大学 --> 企業と移動するに当たり、どういう精神で物事に取り組むかの現時点でのメモ。


指針は身近な所にあった。高岡市の前の市民憲章である。(最近の福岡町との合併によって今は新しい市民憲章が制定されている。)
高岡市民憲章
昭和 37 年 5 月 3 日公布

1 わたしたち高岡市民は
 まことをつくし 礼儀をただし
 明朗な人になりましょう。
1 わたしたち高岡市民は
 健康で働き 生活を楽しみ
 平和な家庭をつくりましょう。
1 わたしたち高岡市民は
 きまりを守り 環境をととのえ
 住みよい町をつくりましょう。
1 わたしたち高岡市民は
 技術をみがき 生産にはげみ
 豊かな都市をつくりましょう。
1 わたしたち高岡市民は
 教養を高め 科学を重んじ
 文化の創造につとめましょう。
特に 4 項と 5 項が関係あり。


大学ではもう必然的に 5 項目寄りになり 4 項がおろそかな状態であった。
大学の研究ではいくつかの新しい物理を見いだして応用のデモンストレーションもした。特許も取った。受賞という形でいくつかの学会から評価も頂いた。博士の学生としても「可」なレベルだとは思う。
ただ生産に励む、一般社会にフィードバックして利益をもたらす (豊かな都市をつくりましょうに相当) 点が欠如していた。
そこいらを何とかしたいのである。
これからは 4 項の実践、それには最先端の情報なりバックグラウンド欠かせないので 5 項もこれまで以上に注力する必要性があるはずである。
昭和 37 年など大昔であるが精神的には今でも十分に通用すると思う。
1~3 項は普遍的な人の営みの部分だし、4~5 項も技術の内容が違うだけだと思う。
数十 nm のオーダで、古典物理に加えて量子力学も基に高いレベルで生産を実現するのが 21 世紀のやり方なはず。


結局いつになろうがどこに行こうが高岡の人間な訳。
職人の家の者が学者なんて合うはずもないし、自ら生産して世の中に product を送り出さないと気が済まないと。
昔とは加工のオーダーが違うだけで進取の気性と真摯に技術に向かう姿勢は同じでないといけないし、博士まで勉強させてもらって得た知識なり人脈を基により高いレベルで実を結ぶように努力しないといけない。
posted by yopsuke at 18:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記帖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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